BREEZE回顧録No.2 〜6人編成へ〜
バンド立ち上げの時に立てた目標の、年末ストリートライブを、京都四条、梅田、難波、三ノ宮でやることに決定!
レパートリーも、リーダーTAMANSの怒濤の様な耳コピ楽譜攻勢のおかげで10数曲になり、宣伝等のチラシも作成し、初ストリートを間近に控えた10月(確か?)の事。
ZINGから電話が....
Z:「あの〜、体調やばいです...。鼻が...。ひょっとしたら手術かも....」
井: 「え〜? 大丈夫かぁ? 手術って... でもあと少しでストリートやで! 回復間に合うか?」
Z:「なんとかします......。」
(以上、なんせ9年前の話なので、一部不正確かも....^^;)
この会話の後、すぐにTAMANSに連絡!
井:「ZINGがやばいみたいやで〜!」
T:「そうですか...。う〜ん、万一に備えてヘルプ募集しましょか?」
井:「そうやなぁ。大丈夫とは思うけど、万一の為の準備はしとこか」
とこのような会話をして間もなく、BREEZEのHPを見ると、早速「メンバー急病につきハイテナー募集!」と掲載されているではないか! は、はやい!(^^;)
当時のパートは、メインリードはNAKAMURA, あとは残りのメンバーが1, 2曲ずつぐらいリード、という割り振りで、ベースは曲によって僕とSIMONSが交代でやっていました。 ボイパは無し。ZINGのパートは「なんでもトップ」ということで高音パート専門だったので、ハイテナー募集となりました。
そんなこんなで、数日後、僕の所に一通のメールが届きました。
「もう何年もアカペラやってます。結構上まででます.... 」
数週間後、練習に来てくれた彼は即、6人目のメンバーに!
それがPHACOとの出会いでした。変な話、ZINGの急病がなければこの出会いは無かったでしょう。人との出会いって不思議ですね!
そしてわずか2週間前後の間に10数曲を覚えてもらい、11月末の京都四条高島屋前での初ストリートに向けて、急遽6人となったBREEZEは急ピッチで準備を進めて行きました。
(続く)
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コメント
凄いわあ。。
良くこれだけ覚えてますね!
第一回も実は今はじめて読んだのですが、懐かしくて目頭が熱くなります。
あれから、いくつかのバンドを渡ってきておりますが、BREEZEほど初期活動が楽しかったのはありません。
今聴けば、ドヘタかも知れないけど、それでも声を合わせるだけですっごい感動して、毎回わくわくしたものですよね。
最近また、FAITHMAXってグループを男性5人で再起動させましたが、思えば男声バンドはBREEZE以来。ずっと胸に秘めていた「あの頃のようなワクワク感を」の想いがやっと実現しつつあります。
あ、一個だけ「なんでもトップ」じゃなくて「なにしろトップ」って書いてあります。俺の楽譜には(笑)
PHACO加入の結果、みた事も聴いた事もないVoice Percussionと言うパートを任命されたZINGでした。
PHACO、TAMANSの指導の元、本当に「ドンチドドンチ」とカタカナ発音そのままで、ストリートをやってました。(知らんかってんもん(笑)
98年になって、KAJa!が動き出した頃、某スタッフ仲間が持ってきてくれたロッカペラのビデオを見て、初めて、本物のVoice Percussionに出逢ったのでした。
「ホンマにドラムの音出せんねやあ~。。」
ってTVの前で呟いたのを覚えてます(笑)
ああ。。なんぼでも書きたい事あるよ。。
井上マンの文章簡潔やなあ。。
投稿: ZING | 2006年6月 7日 (水) 00時23分
>ZING
簡潔に書かんと、書き終えるのに2年ぐらいかかりそうやし、本1冊ぐらいになってしまう....(^^;)
これでも書きたいことの1/10ぐらいしか書いてないで。
投稿: 井上マン | 2006年6月10日 (土) 23時25分