« 今日は友人の命日 | トップページ | BREEZE回顧録No.3 〜ストリートライブ〜 »

2006年6月 6日 (火)

BREEZE回顧録No.2 〜6人編成へ〜

バンド立ち上げの時に立てた目標の、年末ストリートライブを、京都四条、梅田、難波、三ノ宮でやることに決定!
レパートリーも、リーダーTAMANSの怒濤の様な耳コピ楽譜攻勢のおかげで10数曲になり、宣伝等のチラシも作成し、初ストリートを間近に控えた10月(確か?)の事。
ZINGから電話が....
Z:「あの〜、体調やばいです...。鼻が...。ひょっとしたら手術かも....」
井: 「え〜? 大丈夫かぁ? 手術って... でもあと少しでストリートやで! 回復間に合うか?」
Z:「なんとかします......。」
(以上、なんせ9年前の話なので、一部不正確かも....^^;)

この会話の後、すぐにTAMANSに連絡!
井:「ZINGがやばいみたいやで〜!」
T:「そうですか...。う〜ん、万一に備えてヘルプ募集しましょか?」
井:「そうやなぁ。大丈夫とは思うけど、万一の為の準備はしとこか」
とこのような会話をして間もなく、BREEZEのHPを見ると、早速「メンバー急病につきハイテナー募集!」と掲載されているではないか! は、はやい!(^^;)

当時のパートは、メインリードはNAKAMURA, あとは残りのメンバーが1, 2曲ずつぐらいリード、という割り振りで、ベースは曲によって僕とSIMONSが交代でやっていました。 ボイパは無し。ZINGのパートは「なんでもトップ」ということで高音パート専門だったので、ハイテナー募集となりました。

そんなこんなで、数日後、僕の所に一通のメールが届きました。
「もう何年もアカペラやってます。結構上まででます.... 」
数週間後、練習に来てくれた彼は即、6人目のメンバーに!
それがPHACOとの出会いでした。変な話、ZINGの急病がなければこの出会いは無かったでしょう。人との出会いって不思議ですね!

そしてわずか2週間前後の間に10数曲を覚えてもらい、11月末の京都四条高島屋前での初ストリートに向けて、急遽6人となったBREEZEは急ピッチで準備を進めて行きました。

(続く)

|

« 今日は友人の命日 | トップページ | BREEZE回顧録No.3 〜ストリートライブ〜 »

コメント

凄いわあ。。
良くこれだけ覚えてますね!
第一回も実は今はじめて読んだのですが、懐かしくて目頭が熱くなります。

あれから、いくつかのバンドを渡ってきておりますが、BREEZEほど初期活動が楽しかったのはありません。

今聴けば、ドヘタかも知れないけど、それでも声を合わせるだけですっごい感動して、毎回わくわくしたものですよね。

最近また、FAITHMAXってグループを男性5人で再起動させましたが、思えば男声バンドはBREEZE以来。ずっと胸に秘めていた「あの頃のようなワクワク感を」の想いがやっと実現しつつあります。

あ、一個だけ「なんでもトップ」じゃなくて「なにしろトップ」って書いてあります。俺の楽譜には(笑)

PHACO加入の結果、みた事も聴いた事もないVoice Percussionと言うパートを任命されたZINGでした。
PHACO、TAMANSの指導の元、本当に「ドンチドドンチ」とカタカナ発音そのままで、ストリートをやってました。(知らんかってんもん(笑)

98年になって、KAJa!が動き出した頃、某スタッフ仲間が持ってきてくれたロッカペラのビデオを見て、初めて、本物のVoice Percussionに出逢ったのでした。

「ホンマにドラムの音出せんねやあ~。。」

ってTVの前で呟いたのを覚えてます(笑)

ああ。。なんぼでも書きたい事あるよ。。
井上マンの文章簡潔やなあ。。

投稿: ZING | 2006年6月 7日 (水) 00時23分

>ZING

簡潔に書かんと、書き終えるのに2年ぐらいかかりそうやし、本1冊ぐらいになってしまう....(^^;)
これでも書きたいことの1/10ぐらいしか書いてないで。

投稿: 井上マン | 2006年6月10日 (土) 23時25分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/29066/2105404

この記事へのトラックバック一覧です: BREEZE回顧録No.2 〜6人編成へ〜:

« 今日は友人の命日 | トップページ | BREEZE回顧録No.3 〜ストリートライブ〜 »